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2012年1月

2012年1月30日 (月)

さすがのモード番長、ヴィクトリア・ベッカムと Numero TOKYO。

さすがのモード番長、ヴィクトリア・ベッカムと Numero TOKYO。
ファッション誌によくその私服、ファッションが取り上げられる有名人はたくさん居ますが、
ヴィクトリア・ベッカム女史も堂々たるその一人ですよね。

彼女のルックス自体(貌とか雰囲気?)は、私の好みのストライク・ゾーンではないかも知れないんですが…、
時に彼女のスナップで見かける「コンサバ+モード」の秀逸な兼ね合いのスタイリングの中にはとても好きなものもありまして。

パッと見、イケイケな服なイメージが(私の中では)あったのですが、
ここ何年か彼女の写真を見かける内に、意外な(と言っては失礼ですが^^;)
とても上品で、そして上品でも決して退屈なんかではない、絶妙なコンサバ+モードのセンスにファンになって来てまして。

この写真は先日見つけたものですが(実際は何ヶ月か前に撮られたものですょねきっと)、
髪型とかはともかくとしてその絶妙なスカートっぷり!(?)に感嘆してしまいました。

このスカートのコンパクトなシルエット、拡がり加減(絶妙!)、布の分量、身長やこのブーツに合っている丈、そしてこの白と言う色、

…すべてのバランスの計算と采配。

流石だわ番長!ベッカム夫人。ヽ(>∇<*)ノ

…あ、これよりもっと全体や全身が好きなショットもあるんですけどね!
たまたま最近見つけた一例としてスカートにピンポイントに反応してしまいましたっ。。

…んでこの写真を見つけると時を同じくしてウチに届いたNumeroTOKYO3月号。(2ヶ月ほど前から定期購読始めました。)

この表紙だれだろ〜…と思ってたらベッカム夫人だったんですね。

なんとまさかのヴィクトリア・ベッカム女史の大特集で。

この方は非常に人気のある、メディアに大変取り上げられる人ですが、こういう改まった正式な特集って珍しいのでは??

それは彼女が今、デザイナーとしても注目され成功している進行形だからなんですね。

彼女のブランドや作っている服の事はあまり知らないのですが、
このところのいろんな誌面から伺うと、もともとのブランドの成功で、新たなブランドも最近立ち上げたとか。

その新しい方のブランドの服を先日お見かけしたらすごい可愛くて、彼女のイメージからは意外でびっくり。。!

うぬぬ、本気で才能とセンスがあるのでしょうね〜。
と、なかなかこれからも気になりそうな彼女であります。

て言うか私は彼女の作る作品より、彼女の日々の着こなしやスタイリングがもっと見たかったりするんですが〜。ヽ(´∇`)/

お、自分でも意外と書きましたね今日。なんか勢い出ました(笑)。

またこのblogで取り上げることあるかも知れません、ベッカム夫人。

よろしくお願いします〜☆

2012年1月13日 (金)

「おいしい店とのつきあい方。」

「ほぼ日刊イトイ新聞」に載っているコラムなので
もうご存知の方が大勢いらっしゃるのではと思いますが、

サカキシンイチロウさんと言う方が書かれているもので(私、不勉強でその方の事は良く存じ上げないのですが)

本当に本当に、いい文章で

私はたまに会社の昼休みに、思い出した時に過去の記事をひとつかふたつポチっと読んだりするのですが
最近、あらためて「良いな〜」と思い、日記に上げてみた次第です。

内容は
「食」の事にとても造詣が深くてらっしゃるサカキシンイチロウさんが
自分の知っている、自分が関わった、自分の行った事のあるレストランについて、また「人間」も含めたレストランにまつわる事柄について一話づつ短いコラム(物語と言ってもよいですね)を書かれてるのですが

読んでるとそれは結局人間の事を書いていて(レストランや食に関わること、と言う主題では書かれているのですが)
レストランでの事だけでなく、違うことでも(例えば食とは違う分野のお店との事にでも、あるいは仕事、職場のことに置き換えても)とても深く、でも温かく読めて

うん、かなりすごいです。

文章は途方もない温かさで包まれているので、一見「凄い」感よりホンワカ感が大きいですが、
いやいや昨日今日また読み返してやはりかなりすごいです。

もう何年もかかれてる様で本にもなった事があるような?
(ちょっと調べた限りでは絶版などで手に入るのは難しそう?)

ま、私はまた思い出した時に、たくさんある昔からの記事をポチポチ読もうと思っています。

こういう文章こそ、派手さはないけど本当に世の価値のあるもののひとつだよな〜、と感じます。

「おいしい店とのつきあい方。」

http://www.1101.com/restaurant/

…と同時に、この書き手とこの人の文章を紹介した糸井重里氏も、やはり(今さらながら)さすがの人ですね、と改めて。

2012年1月10日 (火)

「どんな髭剃りにも哲学がある。」

どんな髭剃りにも哲学がある。

私が最初にこの言葉を知ったのは何十年前だったか忘れましたが、
それは村上春樹氏のエッセイの中で、何かの引用で春樹氏がこのフレーズを使っていたのを読んだ時でした。

ー どんな些細なことでも毎日続けていればそこにおのずから哲学が生まれる ー と言う意味だと知り、
「なるほど、そんな言葉があるんだー」と記憶に残った訳ですが…。

(後に調べてわかりましたがこれはサマセット・モームの言葉だったんですね。)

で、最近思うのは

この言葉では髭剃りにふれられているけれども、これはほんとに日常している何気ない行為ひとつひとつに当てはまるな〜、という事。

例えば

洗顔しかり、

チークのひと刷けしかり、
マスカラのひと塗りしかり、

etc. etc. …

毎日何気なく繰り返すこれらの事、
本当に何気なく(習慣として無意識に)する日もあれば
今日の感覚、今日の気づき、あっ と意識がある時もあり

それは次の、翌日の、同じひと手間に反映され、更新され、それが日々つながって行きます。

それで
その人のその行為は日々、月々、年々、その人のやり方で積み上がりその人の中で洗練されて行くのかも知れません。

…と考えると
何気ないひと手間ひとつひとつにも、気持ちをいれて丁寧にして行きたいな〜、丁寧にして行かなければな〜と、

それは自分を重ねて作るものだから…、

と思う今日この頃です。

2012年1月 9日 (月)

冬の午後、本郷で思った事。

冬の午後、本郷で思った事。
穏やかな今日、

せっかく暖かい日差しがある時に散歩に出たくなり、久しぶりに本郷の東大を歩いて来ました。

古い建物、歴史のある空気。

ここは気持ちが静かになる場所です。

久しぶりだけれど、以前と変わらずシンとした空気をたたえているこの場所を歩いていたら、まわりの古い建築物から感じる歴史の影響か

自然と、
日本の「知」を担い、英国に国費留学した明治時代の夏目漱石を思い出したりしたのですが… 

それと同時に「日本は今以上に、学問や文化など“見えないもの”にお金と力をかけないと滅びるな…」と感じました。

それは以前から言われていることでしょうし、滅びはとっくに?始まっているのかも知れませんが

今日、学内を歩いていて感じたのは、理屈じゃなく、生理的な日本の滅びの感覚でした。

(ってそんなの怖いことなんですがー!!v('□';)v)

場所が自分に感じさせた事は
これからの私の中に残って行き、わきあがった感覚はこれからも生きていく場面場面で思い出す時がありそうです。

あ、決してコレ暗い日記じゃないんですょ!(^∇^;)
(自分もいま暗くなってる訳では全然ないですが)

何か印(しるし)みたく自分の中に残った事だったので書いてみました。

2012年1月 8日 (日)

「顔」はやがて「貌」になる。

新年も明けまして一週間がすぎました。

年明けの仕事始めのお疲れをこの週末で癒している方もいらっしゃると思いますが(←あ、私です…(´`;))、
東京はわりと穏やかに晴れた週末となってますね。

年末→お正月→仕事始めの慌ただしさから、身体と心の落ち着きを取り戻したい週末です。。

で、
その疲れを癒すべくさっそく昨日、今年初のアロママッサージに行きトリートメントをして頂いて来たのですが
施術をして下さった女性とマッサージ中にいろいろヨモヤマ話をした中で、「顔の輪郭」や「骨格」についての話にもなりまして。。

それが「顔」について自分なりにチト考える機会になり、思った事を書きます。

生まれつきの顔で生きているのって、20代〜30代前半くらいまででしょうか?

それ以降は(土台としては生まれ持った顔を継承していく訳ですが)
顔は自分で作って行くものだ、と深く思うここ最近なのであります。

それはメイクの方向性であったり(同じ顔であってもどう表現したいかによって表情は変わりますよね)、
あとは精神性が一番大きいのでは? と感じます。

それはどういう顔でありたいか本人が想う(志向する)ことでもあり ー 人って意識する事が具現化するものですよね ー

そしてどんな人間か、も、
顔を作りますね…

これはメイクや志向とはまた違うファクターであり、もしかしたら自分のコントロールが効かない怖い部分であるかも知れません。

(これはさっき書いた「人は意識する事が具現化する」とはちょっと矛盾するところかも知れませんが…)

人はその人の「意識の具現」と、
その人自身の人間性(それは自身が希望する本人性か、そうでないかは人それぞれでしょうが)がミックスされたものが
その人の顔(風貌)になるんでしょうね。。

それは年齢を重ねるほど顕著になって行くわけで(生きて行くほどその人の考えかた、ものの処しかたの傾向は強く方向づけられるでしょうから)、

生きていく年月の中で生まれ持っての「顔」が、その人の意識や考え方が色濃く刻まれた「貌」になるんでしょうねー。

と考える最近であります。

気まぐれで、なかなか継続性も保たれない所もあり、そこは自分の問題点でもあると自覚するところでありますが

もし読んでくださる方とご縁がありましたら、それは嬉しく、
どうぞ今年もよろしくお願い致します…!

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